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東京地方裁判所 平成7年(ワ)3729号 判決

主文

一  被告今井紀雄及び同今井啓之は、連帯して、原告ら各人に対しそれぞれ金一九七五万四五九八円及びこれに対する平成五年一一月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告千代田火災海上保険株式会社は、原告らの被告今井紀雄及び同今井啓之に対する判決が確定したときは、原告ら各人に対しそれぞれ金一九七五万四五九八円及びこれに対する平成五年一一月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、これを三分し、その一を原告らの、その余を被告らの各負担とする。

五  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告らの請求

一  被告今井紀雄及び同今井啓之は、連帯して、原告ら各人に対しそれぞれ金三〇〇〇万円及びこれに対する平成五年一一月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告千代田火災海上保険株式会社は、原告らの被告今井紀雄及び同今井啓之に対する判決が確定したときは、原告ら各人に対しそれぞれ金三〇〇〇万円及びこれに対する平成五年一一月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用の被告らの負担及び仮執行宣言

第二事案の概要

一  本件は、深夜、片側一車線の路上を横断中の被害者が普通乗用自動車にはねられて死亡したことから、その相続人が普通乗用自動車の運転者等を相手に損害賠償を求めた事案である。

二  争いのない事実

1  本件交通事故の発生

事故の日時 平成五年一一月六日午前〇時五〇分ころ

事故の場所 埼玉県所沢市大字安松九七〇番地の六先路上

加害者 被告今井紀雄(以下「被告紀雄」という。加害車両を運転)

加害車両 普通乗用自動車(所沢五五も三二七九)

被害者 山中富美子

事故の態様 被害者が前記路上を横断歩行中、加害車両にはねられて加害車両のボンネットに乗り上げ、加害車両が三〇メートル走行した後に、転落した。

事故の結果 被害者は、本件事故により約一時間後の同日午前二時に防衛医科大学校病院で死亡した。

2  責任原因

(1) 被告紀雄は、加害車両を運転していたが、本件事故につき前方不注視の過失がある。

(2) 被告今井啓之は、加害車両の保有者である。

(3) 被告千代田火災海上保険株式会社は、被告今井啓之との間で加害車両につき、保険期間を平成五年一〇月二九日から一年間、対人賠償保険金額無制限とする自家用自動車保険契約を締結した。

3  相続関係

原告らはいずれも被害者の子であり、法定相続分の割合に従い被害者を二分の一ずつ相続した。

4  損害の填補

原告らは、自賠責保険から三〇〇〇万円の填補を受けた。

三  本件の争点

1  損害額

(原告らの主張)

(1) 被害者に生じた損害

〈1〉 逸失利益 五九一九万円

被害者は、有限会社ヤマナカ包装の代表取締役として、同社から五〇〇万円以上の給与所得を得たほか、配当所得、不動産所得等もあつて、年間に少なくも六〇〇万円の収入を得ていた。被害者は事故当時四五歳であり七〇歳まで就労が可能であつたから、生活費控除率を三〇パーセントとしてライプニツツ方式により算定した金額を基に請求する。

〈2〉 慰謝料 一〇〇〇万円

(2) 原告らに生じた損害

〈1〉 葬儀費用 二〇〇万円(原告一人当たり一〇〇万円)

〈2〉 慰謝料 一六〇〇万円(原告一人当たり八〇〇万円)

父親なき後の一家の大黒柱を失い、原告らが別居の生活を余儀なくされたこと等の事情がある。

(3) 弁護士費用 四〇〇万円(原告一人当たり二〇〇万円)

右損害額の合計額から自賠責保険による填補分を控除した金額(原告一人当たり三〇五九万五〇〇〇円)のうち金三〇〇〇万円が原告ら各人の主たる請求部分である。

(被告らの主張)

(1) 被害者の逸失利益は、被害者の平成五年の月収である二七万円を基礎とし、六七歳まで、かつ、生活費控除率を四割として、算定すべきである。

(2) 葬儀費は、一二〇万円とすべきである。

(3) 慰謝料は、高額に過ぎる。

2  過失相殺

被告らは、被害者が事故前夜の一一月五日午後八時過ぎから飲酒を始め、事故当時血液一ミリリツトルにつきアルコール一・六ミリグラムの状態となり、酔つてふらついた状態で注意散漫のまま本件事故現場の車道を横断したのであり、被害者の右行動も本件事故発生の原因となつていることから、四割の過失相殺を主張する。

原告らは、被告紀雄が免許取得後二カ月と初心者であつた上、前方不注視のまま制限速度を少なくとも時速二五キロメートル以上超過して走行したのであり、また、被害者の飲酒が本件事故の原因となつていないとして、右主張を争う。

第三争点に対する判断

一  損害額について

1  葬儀費用 一二〇万〇〇〇〇円

甲四、原告山中理恵本人によれば、原告らは、被害者の葬儀のため三二一万五六五六円を要したことが認められる。このうち、一二〇万円(原告一名につき六〇万円)を本件事故と相当因果関係のある損害と認める。

2  逸失利益 五一〇四万六一一四円

甲三、五ないし八、二三、二四、原告山中理恵本人によれば、被害者は、平成三年三月一〇日にその夫山中逞男が死亡した後に、ケーキの箱や名刺等を作成する有限会社ヤマナカ包装の代表取締役に就任したこと、同社は、夫時代の固定客にも恵まれて、安定した経営内容であり、被害者は、同社から平成三年度は五八四万円の、平成四年度は五二四万円の、各給与を得てきたこと、被害者は、右収入のほか、同社から配当所得を得、また、不動産を同社に賃貸するなど自らこれを管理して賃貸収入を得て、これらの収入により子である原告らの生活を支えてきたこと、被害者の死亡後、同社は、後継者となるべき原告山中智晶が未成年者であつたことから事業の継続を断念し、平成六年一月三一日に解散して清算手続に入つたこと、不動産の管理は税理士を通じて不動産業者に委ね、賃料の八パーセントの管理費を払つていること、平成五年度の被害者の所得の申告は、被害者の死亡後のものであるところ、同社からの給与として二七〇万円が計上されていることが認められる。

右事実によれば、被害者は、本件事故がなければ、有限会社ヤマナカ包装から平成三年度と平成四年度との平均である年間五五四万円の給与を得ることができたものと推認される。平成五年度は、確定申告上二七〇万円の給与が計上されているが、同社は平成四年度は一〇〇〇万円の配当所得もある程度に(甲六)順調な経営状態であつたのであり、被害者死亡後の混乱の下に右金額が計上された可能性があることから、平成五年度の右確定申告の記載は、右認定を覆すものではない。なお、被害者には右以外に配当所得や不動産所得があつたが、これらは被害者の労働の対価によるものではなく、被害者死亡による同社の解散等のため、今後得られなくなつたり、不動産管理のために余分の費用が掛かることとなつたとしても、逸失利益算定の基礎とすべきものではない。

被害者は、死亡当時四五歳であるから(甲三)、本件事故がなければ六七歳までの二二年間につき、年間五五四万円の収入を得ることができたと推認されるから、その収入、家族構成に鑑み生活費を三割として、ライプニツツ方式により中間利息を控除して算定すると、その逸失利益は、前示金額となる。

計算 554万円×0.7×13.163=5104万6114円

3  慰謝料 二六〇〇万〇〇〇〇円

甲二四ないし二八、原告山中理恵本人に前認定の事実を総合すると、被害者の死亡は、原告らにとつて父親の事故死から二年九月しか経つていない時のことであり、原告らは、いずれも未成年者であつたため、被害者の死亡により被害者の伯父や叔父方に分かれて身を寄せる生活となつたこと、有限会社ヤマナカ包装は解散に追込まれ、原告山中智晶がこれを後継する可能性を失つたこと、右解散に当たつて一〇〇〇万円を超える費用を要したことが認められる。これらの諸事情のほか、本件に顕れた諸般の事情を考慮すると、被害者の死亡に対する慰謝料として次のとおりと認めるのが相当である。

(1) 被害者本人 一〇〇〇万円

(2) 原告ら 各八〇〇万円

二  過失相殺について

1  甲一、二、九ないし二二、乙一ないし三に前示争いのない事実を総合すれば、次の事実が認められる。

(1) 本件事故現場は、最寄りの電車駅から約一・八キロメートル離れたところにある片側一車線、平坦アスフアルト舗装・幅員八・二メートルの、両脇に歩道が設けられた県道練馬所沢線路上であり、同道路は、速度が時速四〇キロメートルに制限されている。同道路の事故現場付近は直線道路となつており、東所沢方面から旭町方面に向かう車線は、幅員が三・三メートルあり、幅一メートルの側道を経て幅一・七メートルの歩道となつていて、歩道の外側線側にはガードレールが設けられている。対向車線側は、幅員が三・一メートルあり、幅〇・七メートルの側道を経て幅一・四メートルの歩道となつており、歩道にはガードレールが設けられていない。

(2) 被告紀雄は、平成五年九月一四日に普通免許を取得したばかりであるところ、本件事故前日の同年一一月五日に先輩の引つ越しの手伝いやサツカーの練習試合を行つた等のため、事故当時は、相当疲れた状態で加害車両を運転していた。目が疲れて眠けを催したため、まばたきをしたり、明るい方向を見ながら運転し、加害車両の前照灯を下向きにして、前記道路を東所沢方面から旭町方面に向かつて進行した。加害車両の速度が時速七〇ないし八〇キロメートルとなつていたため、時速六五キロメートル程度まで減速し、本件事故現場の手前五一・五メートルの地点にさしかかつた時に、右前方にある電光看板に目を向けて運転したため、同地点から三七・四メートル進行した、衝突地点の一四・一メートル手前の地点で初めて被害者が歩行中であるのを発見した。その直後、急制動をしたが、被害者が加害車両の前部と衝突してボンネツトに乗り上げ、フロントガラスとも衝突したことから、加害車両をそのままゆつくりと進行させた。被害者は、衝突地点から三二・五メートル先の路上に転落し、加害車両は、衝突地点から五一・〇メートル進行した地点で停車した。

事故後の実況見分の結果、加害車両からは、フロントガラスが割れた状態でも、前照灯を下向きにした場合は約四〇メートル前方に、これを上向きにした場合は約六〇メートル前方に、それぞれ歩行者がいることを発見することができることが判明した。

(3) 被害者は、事故前日の一一月五日に、不動産の売却等で知り合つた訴外梶原直と被害者の弟を見舞うために病院に訪れた後、午後八時ころから料理屋で飲食を始めた。二人で二五度の焼酎をボトル半分ほど水割りで飲み、カラオケスナツクで焼酎の水割りを少なくとも二、三杯飲みながら過ごした後、被害者は、梶原の運転する車の助手席に乗り、梶原のマンシヨンに寄るべく、前記道路を旭町方面から東所沢方面に向かつて進行した。本件事故現場付近にさしかかつたところ、被害者は、車から降りることを希望して走行中の梶原車の助手席の扉を開けようとしたため、梶原は同車を停車させた。被害者は、携帯電話をかけながら、車道上に下車し、梶原車が立ち去つた後、同道路を横断し、対向車線まで歩行したときに加害車両と衝突し、開放性頭蓋骨骨折による失血のため死亡した。

被害者は、カラオケスナツクでは、酔つてふらついたりしたが、ロレツの回らない状況ではなかつた。事故後に採取した被害者の血液の検査の結果、被害者は、血液一ミリリツトルにつきアルコール一・六ミリグラム含有した状態であることが判明した。

以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

2  右認定事実によれば、被告紀雄が免許取得後二カ月と初心者であつたにもかかわらず、制限速度を時速二五キロメートル超過して走行したのであり、しかも、前日の疲れから眠気を催し、この解消のため、加害車両を停止するどころか、反対に、速度違反の状態で右前方にある電光看板に目を向けて脇見運転をしたのであり、このことが本件事故の大きな原因となつていることは明らかである。

他方、被害者も、前示のように歩車道の区別された道路を深夜に酔つた状態で横断したのである。前示のアルコール血中濃度の状態では、通常は、注意散漫となるのであり(乙四により認める。)、また、事故発生時は深夜〇時五〇分であつて、前示のような道路を運転する者にとつては道路を横断する歩行者が少ないものと期待して運転する時刻であり、道路を横断するに当たつては、車両の通行状態により注意すべきであるところ、前示の事故直前の梶原車での行状や本件事故の態様からすれば、被害者は、アルコールによる判断力の低下もあつて、加害車両の接近にもかかわらず、安易に横断が可能であると判断して横断を敢行したものといわざるを得ず、このことも本件事故の原因となつているものと認められる。

以上の被告紀雄の過失と被害者の過失の双方を対比して勘案すると、本件事故で原告の被つた損害については、その一割五分を過失相殺によつて減ずるのが相当である。

3  右過失相殺後の損害額は、次のとおりとなる。

(1) 被害者(逸失利益と慰謝料) 五一八八万九一九六円

(2) 原告ら(葬儀費と慰謝料) 各七三一万円

三  損害の填補

原告らが自賠責保険から三〇〇〇万円の填補を受けたこと、及び被害者を相続分二分の一ずつ相続したことは当事者に争いがなく、原告らは右填補金を被害者の逸失利益及び慰謝料に填補すべきことを求めていることから右填補後の被害者に生じた損害は二一八八万九一九六円となり、原告らの損害額は、原告一人につき一八二五万四五九八円となる。

四  弁護士費用 三〇〇万円

本件の事案の内容、審理経過及び認容額等の諸事情に鑑み、原告らの本件訴訟追行に要した弁護士費用は、原告一人につき金一五〇万円をもつて相当と認める。

第四結論

よつて、原告らの本訴請求は、被告紀雄及び同今井啓之に対し、連帯して、原告ら各人につきそれぞれ一九七五万四五九八円及びこれに対する本件事故の日である平成五年一一月六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを、また、被告千代田火災海上保険株式会社に対し、原告らの被告紀雄及び同今井啓之に対する判決の確定を条件とする、同被告らと同一の額の支払いをそれぞれ求める限度で理由があるが、その余の請求は理由がないからいずれも棄却すべきである。

(裁判官 南敏文)

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